【PS4】The Last of Us part2 感想レビュー【ネタバレあり】

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 普通に1も2も結末までネタバレしますので、プレイする予定がある人で、ネタバレ嫌な人はここでブラウザを閉じてください。

 

ネタバレを不意にTwitterYoutubeで食らうのも嫌だったので、駆け足で一気に北米版をクリアしました。それにしても、ここまで賛否両論になるような要素満載の続編になるとは。。。クリア後も再プレイしており、更にガッチマンのプレイ動画もリアルタイムで楽しく見ています。北米版しかやっていないので山寺ボイスなどが聞けて楽しい。

 LGBT要素、大麻、性交渉シーン(私がプレイしたのは北米版なのでカット無し。。。)などなど、暴力シーン以外にもなかなかの問題シーンを相当ぶっこんできていました。確かにポストアポカリプス時代に警察もいなきゃ、大麻も育てるよね、とか。若者も普通に親しんでいるよね、とか。LGBTレズビアンのエリー、バイセクシャルなDina、トランスジェンダーのレブ、などなど、なかなかに満載。アジア人のジェシーにアジア人だから好みじゃない?とか言わせたりとか。一体どれだけの要素を入れ込んでいるのか。

 

下記記事はプレイヤーにどうして選択させないのか、や話題になったポリコレ表現に関しての考察。納得感高い。

turqu-videogame.hatenablog.com

 正直、感染者やクリッカーとの戦いはおまけ要素というか、そう感じてもおかしくないくらい、後半は特に人間ドラマから目が離せなくなります。

 

一言、声を大にして言いたいが、ラストオブアス2も傑作だと思います。

1のような屈指の「名作」かはわかんないけど。

 もう、とにかくプレイしている間は先が気になって仕方がなかったし、ハラハラドキドキする作品であることは間違いが無いです。それは物語の展開もそうだし、ゲームとしても大変完成度が高かったです。ゲームシステムとしては2は1からの正当進化ですが、ゲーム性は確実に上がっており、犬の存在やらほふく前進、スウェイなどの要素が新しい戦略性を追加してくれています。(ほふく前進が加わったせいで、ちょっとかくれんぼ要素がMGS3っぽくなった気もするけど。)そういえば、開発者は発売後のインタビューでMGS2からの影響があるとも語っているようです。あと、スウェイのおかげで結構戦いが有利に運んだこともありました。

 ゲーム中、アイテム取り逃しまくった気もするけど、個人的にはコレクターアイテムとかはどうでもよい派でストーリー重視しているので、そういう意味で何度も動揺させられた、感情を揺り動かされたという意味で、そしてそれはあまり安易ではなかったという点でも高く評価したいと思う。やっぱりね、問題提起とかね、人の心に残るためにはそういう棘とか何かは絶対的に必要なんですよ。後から思い出せないような作品では絶対にパート1にはいろんな面で勝てないわけで。

  あと、もう、どこのシーンも非常に秀逸なんですが、豪雨により沈みゆくシアトルをボートで進んだり、スカーがいつの間にかビルの谷間に作っていた橋を渡るシーン(風にあおられて落ちましたw)、また、スカーの島に潜入するも島が焼け崩れていくシーン、などなど印象に強く残るビジュアルが多く、また再度プレイしたいと思わせるには十分とも思いました。

 感染者たちとの戦いも予想がつかないところもありスリリングでしたが、それ以上にやはりスカーやWLFとの戦いがスリリングではありました。病院でのラットキングとの戦いなどは攻略サイトも読まずにやった初回プレイでは正直相当怖かったです。

  

■予告動画

なぜ予告動画では「ジョエルは生きてるっぽい」演出やセリフにしたのか?

本編にはあの「お前だけを行かせるわけないだろ」のシーンが無い。あのシーンを予告編で観ていた人たちは大半は、てっきりジョエルは生存していて、エリーを応援するために駆け付けるのかと思っていたはずだ。元々、他の開発者インタビューで既に復讐や怒りがテーマになるというのは知っていたので、誰かエリーの信頼する人(多分、Dina??)が殺されてその報復に行くとは思っていたものの、その殺される人がまさかのジョエルというのは予告編に完全にミスリードされていたとも言える。この予告編ミスリード手法は昔だと映画踊る大捜査線2でも同じように窮地に陥るキャラを観客に予告編でミスリーディングさせる手法というのが取られていました。(水野美紀かと思ったら深津絵里が重症それにしてもかなりこれは悪質ではないかな、とも思いました。でも、仕方がないのか?

 

■ジョエル

 というわけで、プレイ開始後、数時間以内にJoelは死にます。もう1人のメインキャラクターとして後から出てくるAbbyによって。しかも、AbbyはJoelとTommyに助けられるシーンもあるし、その時はAbbyをプレイすることになるんですよ。もうね、これだけでかなり拒否反応を起こす人は多いと思います。JoelとTommyが良かれと思って助けたAbbyにJoelは殺されるんですよ。なぜ、ここまで心をえぐる演出をしてくるのか?前作をプレイした人たちはJoelには死んでほしくなかった人が大半だったと思います。とはいえ、2でもJoelを主人公にするには、Joelには既に物語を動かすための原動力が無かったというレビュー記事の指摘もうなずけるところではあります。

 ただ、ジョエルはエリーの回想シーンでは何度も登場します。特にエンディング近辺で「もしも神様がもう一度チャンスをくれたとしても、俺はきっと同じ事をする」というシーンや、エリーがアビーを溺死させようとする瞬間にジョエルのことを思い出すシーンなど、琴線に触れるシーンが非常に多く描かれており、ジョエルのことを思うと、切なくなりますね。。。最後にジョエルとエリーの会話シーンの回想で終わるのですが、まさにこのやり取りはいたたまれなくなるともに、再度プレイしたくなる展開でもありました。

 

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■Part1について 

・そもそも、part1はケチのつけようのない名作でした。語られ尽くしてるところもあるので、レビューを紹介するに留めますが、part1は父性を考えさせられる作品でした。

 

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 1では感染すると人を襲う存在になってしまう恐怖の病気が蔓延していく世界で、最愛の娘サラを亡くすというどん底の絶望の中で20年の間、どんなことをしてでも生き延びてきた屈強の男ジョエルが助ける羽目になったエリーをファイアフライという組織に送り届けるために長旅をしていくうちに実の娘ではないエリーとの間に絆が生まれていきます。途中、ジョエルが死にかけるシーンもあるのですが、エリーが懸命に助けることでなんとか生き延びます。エリーとの間に確固たる関係が築かれたのちにようやく組織に送り届けることに成功するものの、組織はエリーが持つ免疫からワクチンを作るために意識が無い間にエリーを殺そうとします。ジョエルはそれを知り、組織を結果的には壊滅させ、医師も殺害し、組織からエリーを助け出します。エリーは自分が殺されそうになったことやそのために助けられたこと、組織が他ならぬジョエルに壊滅させられた事実を知らないわけですが、作品終盤でジョエルは「他にも免疫がある人たちがたくさんいたからもうエリーがいる必要は無くなった」と嘘をついてしまいます。エリーは自分が犠牲になることでみんなが助かるなら死んでもいいと思っていたが、この嘘をいったんは受け取める形で1は結末を迎えます。非常にほろ苦い終わり方とも言え、この先の続きがどうなるのか?と思っていた人たちは多かったと思います。

また1はUSを東から西へ数千キロを旅するロードムービーでもありました。季節と土地が変わりながら話が展開していくのが魅力的でもありました。

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https://www.famitsu.com/news/202006/08199025.html

 

 で、なぜ、みんな1をプレイした人たちが2をプレイして衝撃を受けて、悲しんでいるかといえば、やはりゲームなので、Joelに感情移入した方は相当多かったと思うんですよね。1ではJoelの父性・父親性がにじみ出ていき、最後には仲良く話すようになっているわけですが、エリーを守るためにはどんな犠牲も厭わず、恐ろしいまでの執念でファイアフライを壊滅させる様は筆舌に尽くしがたいものがありました。ただ、ゲーム中、プレイヤーはJoelというキャラクターの歪曲した部分、娘の死と向き合わずに生きてきた人間臭い面をまざまざと見ていくことで、いつしか彼と同化していく部分、共感していく部分が出てくるわけですね。プレイヤーはみんな、ジョエルにはどうか生きていてほしかったんですよね。ただ、2がエリーの話になるとすれば、確かにジョエルが生き永らえているのは物語的な必然性は無いんですよね。。。

 1が名作だと言われたのはそういう父性の物語の構造にあったからだと思いますし、そんな感情をひとまず置いておいて2をプレイすることはできないわけです。2はどうしても期待されるし、比較される存在として出てこざるを得なかった。なので、海外レビューなどを中心に2は散々こき下ろされているところがあります。

 

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■復讐モノ

さて、それにしても復讐ですよ。復讐劇はとにかく、殺し合いや憎しみの連鎖が続くことによる辟易感・空虚感ではあります。韓国映画で高名な復讐3部作などでもそれは実感するところではありますよね。また、ラスアス2は過去の回想シーンはどれも素敵で、世界崩壊後の世界を描くポストアポカリプスとは思えないくらい明るいトーンだったりもするため、本当にその復讐劇との落差にも愕然とします。エリーはジョエルを失ったことへの怒りと憎しみを原動力にシアトルを進み、犠牲も伴うも、ジョエルを殺したWLFのメンバーたちを追い詰めていきます。

 終盤のサンタバーバラに行く前のシーンでようやくエリーたちは一度、復讐を諦め、仮初めの住処を得て、少し落ち着きそうになるものの、それでもエリーが再度、Abbyをサンタバーバラへ追いかける決断をしてしまうところ、そして最後に農場に帰ってきてももうDinaとJJはいない、という寂しい展開にはなかなかに打ちのめされました。結局、「人を呪わば穴二つ」なんですよね。憎しみの炎は自分をも焼き尽くす。

 

■ギター

 何度も登場するアコースティックギターはこの作品では重要なメタファーですよね。最初から最後まで登場します。最初はJoelがギターを磨き、そのギターをエリーにプレゼントし、そして弾き方をレクチャーして、エリーもまたギターが弾けるようになるんですね。これはおまけ要素なんでしょうけどギターをプレイヤーが少し演奏することもできます。ギターを通して、年頃の女の子であるエリーと特に話すネタが無いJoelはエリーと接することにも成功できたわけです。ギターを通じて、エリーはJoelと過ごした時間を思い出すこともできていたとも言えます。途中、何回かギターを弾く機会が訪れます。Take On Meを弾いて歌う場面もあります。終盤、エリーは復讐に身をやつしたためにアビーとの決戦で左手の指を失いギターが二度とまともに弾けなくなります。牧場に戻り、ギターを弾こうとしても弾けない、そして、ギターを置いて誰もいなくなった農場を後にするエリーというところから、エリーはJoelとの葛藤、過去との決別を果たしていると私は捉えました。(でも、だからこそ、Joelが好きだった人にはもの悲しいラストだったかもしれません。)

 

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■アビー

 アビーを操作すること自体に違和感や嫌悪感を感じる人たちがいる、という話を見て驚きました。個人的にはアビー操作はラスアス2において必要不可欠な要素と思いました。感情移入をできないキャラを長時間操作するのは苦痛というのはわからないでもないですが。突然、アビー編が始まったときに戸惑わなかったプレイヤーはいなかったのではないでしょうか。アビー編が序盤から始まっていれば、プレイヤーにとってはアビーは全く違った見え方だっただろう、という指摘が下記の動画でありますが、全くもって同じことを思っていました。

youtu.be

 今回の話ではアビーがJoelを殺すことで父の敵を討つという復讐から始まります。最序盤でアビーはJoelを殺し復讐に成功します。そのあとにエリーがアビーを追ってシアトルに来るわけです。(しかし、初回プレイではプレイヤーはアビーの事情がわからないままエリーパートをプレイするため、アビーは序盤から中盤はまさにプレイヤーからも憎しみ・嫌悪の対象でしかない。)

・ジョエル殺害における理不尽さ、そんなアビーをジョエル殺害手前までプレイして無事に連れていかなければいけない。

・アビーの苦しんできた過去、助けられなかった父親、父親を殺したJoelへの圧倒的な憎しみの炎。

・そして、その憎しみは自分の恋の相手への気持ちすら捻じ曲げてしまい、好きだったはずの相手とは結ばれないことにもなってしまいます。(このあたりも「人を呪わば穴二つ」がまさに描かれている)

・結局、その後に自分の仲間の大半をシアトルまで追いかけてきたエリーとTommyに奪われます。(このあたりも巧妙というか、本当に、あの場にいたキャラクターはほぼエリーやTommyが倒すことになる)

・そして、アビー自身もエリーに殺されかけるわけです。(それにしても、敵として相対するエリーの強さには舌を巻きました。。。お恥ずかしながら何回もゲームオーバーになりました。。。)このアビーとWLFの仲間たちとの絆であるとか関係性をプレイアブルな視点から描かないとやはり、この憎しみの連鎖の虚しさは表現しづらいとも思いました。2度目の邂逅ではアビーはエリーを返り討ちにするわけですが、アビーは自分が死にかけたり敵と思っていた人たちに助けられたりすることで、アビーにも己の身を賭してでも守らなければいけないものが出てきます。そして、Scarsの一員だったレブの言葉により、エリーを殺さずに再び見逃すわけですね。このあたりで、アビーは憎しみの連鎖・殺し合いの螺旋から降りるわけです。(とはいえ、ジェシーは本当にいいやつなのに本当にサクッとアビーに殺されちゃうんですけども。)

サンタバーバラでの3度目の邂逅ではアビーはエリーに脅されてレブのために戦うわけですが、エリーに追い詰められ殺されかけます。アビーをプレイしている時間も長いため、プレイヤーの中ではこのシーンにもまたアビーにも死んでほしくない、でも憎い、という葛藤が生まれてくるわけですね。本当に憎らしい演出です。エリーの憎しみの炎にプレイヤーもまた焼かれるという構図・演出になっている。

・そういえば、アビーはトミーとも3回邂逅することになります。2度目の邂逅では直接対決が描きだされ、アビーをプレイして遠方から狙撃してくるトミーとの戦いになります。ここでトミーが凄腕のスナイパーということを痛感することになります。(1でもトミーとの共闘シーンは1回しかないし、クロスコンバットなので、狙撃の腕はなかなか披露されることは無かった。)アビーの仲間を殺した憎むべき相手が顔を見るとトミーで。。。という展開はプレイヤーにとっては衝撃というか、ショッキングでもありました。感情のもつれのやり場が無くなる展開でもありました。

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色々な要素について触れようとしましたが、まとまりがなくなってしまいました。

 

 復讐を描くと作劇としてはどうしても、そのバックファイアが必ず描かれると思います。人を憎むというのはそれだけで心身ともに疲弊するものですし、人を憎み続けるのもまた難しいものです。復讐を果たせば、その時はスカッとするかもしれませんが、それでも結局は、更なる憎しみを生むこともあり得ます。憎悪の感情は連鎖するものだし、周りを巻き込んだりもする。

 ジョエルの視点で見れば、パート1のラストで自分が守りたいと思ったエリーを守ったわけですが、結局はその後に事実を知ったエリーからも恨まれ、医者を殺したことでその娘のアビーからも恨まれ、結局はジョエルはアビーによって殺害されることになるわけです。ただ、ジョエルはそのこと自体は覚悟していたのだと思われます。ジョエル視点で描いたから、パート1は素晴らしい作品と評価もされた一方で、作中、ジョエルが殺した人間の数もおびただしい数に上るわけで、誰かから恨まれていても何の不思議も無かったわけですから。敢えて、その復讐劇はパート1では描かれなかっただけで。

 エリーは復讐にこだわり続けた挙句に命以外のほとんどすべてを失います。ジョエルへのどうしようもない許せない感情やアビーに対する殺意は終盤にジョエルの姿を思い出すことにより、けじめがつきます。あそこまでほかの人も殺しておいて、どうしてアビーだけ殺さないのか、というのはあるんでしょうけど、誰かを守ろうとするアビーの中にジョエルの影を見た、というのが正しい見方なのでしょう。

 アビーに関しても復讐を果たしたものの、友人をすべて失い、しかし、守るべきものを見つけてようやく自分の感情の整理がつきます。

自分の経験的にも人を憎み続けても何も発展は無いわけで、前には進めないんですね。そういう意味で気持ちにけじめをつけたエリーやアビーが今後どういう人生を歩んでいったのかは気にはなります。

 

■続編は?

 もし、この話に続編が作られるとしてもこれ以上、復讐というテーマは語られないだろうなあ、と思う一方で、もはや親子の話を語ることもできず、ラストオブアスの世界ではおそらく世界の復元も難しいからには、どういうテーマで語られるのかは難しいところでしょう。(お話的にはJJやレブ、年老いたエリーの話、みたいな続編があってもいいのかもしれないが。)MGSみたいに過去に戻って、ジョエルがテスと知り合うに至る話とか、20年の戦いを描くみたいな話とかなら続けられるだろうが・・・。(それはそれで、トミーがファイアフライを辞めた経緯とかも語られるだろうし、面白いかもしれない。)

 

パート2はやりがいあるゲームと思います。やる価値絶対あり。かと。

 

 

7/17 追記

最近はこういう考察記事も多くてすごくうなずけた記事をいくつか途中に入れ込みました。

 

蛾について、そして贖罪について、など納得感高い。

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