ティム・クックとスティーブ・ジョブズ

 

www.nikkei.com

 

ティム・クックはアメリカの企業経営者の中でも目覚ましい結果を出した経営者なのにまだまだこんなことを言われる。

 

たしかにティムはジョブズのようにトイレの水で足を洗わないし、野菜しか食べないわけでもないだろうし、家族は居なさそうだし、細かな製品ラインナップ戦略は昔とは程遠いほど複雑になった。ティムはいきなり自分で電話してWSJやNYTの記者にアホだのボケだの苦情を言うキャラでもないだろうし、エレベーターで一緒になった社員をいきなり解雇したりもしないだろう。一緒に働いていた社員が提案したアイデアを「自分が考えたんだ!」と言い募ったりもしないだろうし、車にはちゃんとナンバープレートが付いてるだろうし、身障者マークの付いた駐車場に車を横付けするようなこともしないだろう。ヨセミテ国立公園に行って予約もなしに超人気ホテルに泊まろうともしないだろう。(ジョブズがトイレの水で足を洗うシーンは映画化されたときなども再現されていて、見ると「え!?」ってなります)

ddnavi.com


実際のところ、iPhoneのベースとなるアイデアを考えたのはジョブズでもなければティムでもない(ex. General Magic)が、人々はジョブズを希代の名経営者として非常に高く評価している。

iphone-mania.jp

 一方で、ティムはiPhoneやそれに付随するスマートフォンエコシステムというビジネスモデルを10年以上ももたせて、しかも端末価格を倍以上に跳ね上げても顧客がついてくるほどにエコシステムを構築拡大し、SCMでコスト削減して利益を最大化してきた。これはかつて世界で携帯電話事業で世界シェア40%を獲得したノキアには出来なかったこと。他のどんな企業も実は成功していない。スマホ事業での利益の大半を稼ぎ出しているのはAppleであり、それ以外の企業は実はスマホ事業ではあまり利益を得られていない。

 こんな難業を成し遂げ続けているティムが奇行も多かったジョブズよりも地味であり控えめであるためにここまで記憶に残らない、などと言われてしまうのはなんだかなあとは思う。過小評価されすぎなのではないだろうか。たぶん、殆どの経営者がティムと同じ生活したら気が狂うくらいにはティムはバリバリ働いて結果を出し続けてると思われる。

 実際のところ、ジョブズとティムを比較するのは少しおかしい。なぜなら、Apple復帰後のジョブズ時代とティム・クックの時代は重なるからである。ジョブズが殆ど気にしないところを改革したのがクックと言える。
 ジョブズの伝記よりも、クックの本とか近年のApple本で取り上げられることもあるが、ジョブズが復帰してからすぐにティム・クックは採用されており、ジョブズの改革の成功はクックが立役者だったとも言える。例えば、SCMにおける在庫回転率とか黒字化とかね。

意外とこの点が見過ごされてジョブズ+クック時代とその後のクック時代を比べる話が必ず出てくる。

勿論、ジョブズApple復帰後は傑出した経営者だったと言える。

ただし、何も全てを彼1人が成し遂げたわけではない。ジョブズが後期に成功した理由は自分があまり興味がないオペレーション領域をクックに任せたことではないかなあと思う。

・契約書でギチギチにサプライヤーを縛り

・SCMをしっかりとやれる組織を作り上げ

・EMSを最大限に活用して開発から製品化の速度と精度をしっかりと管理できるようにした。

・発表から発売の期間が劇的に短縮出来たのもクックの成果

 

いくら素晴らしい製品でプレゼンも、素晴らしくても市場に数がある程度流通しないと店頭に製品が並ばない。スマホが普及し、SNS全盛に近づくに連れて素晴らしいプレゼンと発売日に十分な数が揃うことの重要性は加速度的に増した。

 

クック時代には環境や多様性への配慮が増えていった。

環境への配慮やSustainabilityをcoolだと考えるミレニアルズやらZ世代のクリエーターの心も掴んだとも言われている。(再生アルミとかね)

ascii.jp

ジョブズ+クック時代には多分時流でも実行されなかったのではないか。ジョブズの時代にはそうしたエコや環境規制には関心が低い企業として批判もされていた。(が、実際には全く対応していなかったわけではないことが下記記事からもうかがえる)

japan.cnet.com

 クックはジョブズみたいな人々をわくわくさせるプレゼンは出来ないかもしれないし、製品開発やデザインでジョブズほどややこしかったりしないかもしれないが、それ以上にビジネス的な面では今の高利益を叩き出す土台を作っていてスマホビジネスをここまで長続きさせている。

 ジョブズはエコとか株主重視とかそういう潮流には関心が薄かったと思われる。コンプライアンスという言葉からも遠い存在であった。身障者マーク無視だとか車のナンバー付けないとか有名なエピソードには事欠かない。ジョブズのような人からしたら「そんなこと」は興味の範疇外であろうし、良い製品で世の中を変える、というのが彼のモットーであり生き甲斐だったのだろうから、それ以外のCSR的な部分には関心が薄かったのは想像に難くない。ジョブズが亡くなった後の2012年に、Appleは配当を始めている。

www.nikkei.com

 ジョブズからしたら契約もそこまで関心が高い領域ではなかったのではないか。契約社会、訴訟社会であるアメリカにおいて契約の持つ拘束力は絶大。どっちかというと特許訴訟ではなく、サプライヤーを契約で縛ったのがポイントだったと思う。フォックスコンで自殺者が出まくってWSJとかに特集されて、ようやくAppleサプライヤーへの締め付けに関しての振り返りがなされてcode of conductなるものも制定されるに至るが、実態はどうなんだろうか、と思う時はある。

 

business.nikkei.com

 Appleの稀有なところは自社の特異なポジションを理解した上でSCM政策を着実に実行していったことなのだろう。昔はソニーとアップルが並べて語られる時代もあったが、今では大きく異なる事業運営をしている。レベル感は違うかもしれないがソニーの平井さんと吉田さんの関係はちょっと構造的には似てる部分あるかなーと思う。いや、違う部分が多いけど承継という意味で。

iphone-mania.jp

 ティム・クックの後継者選びは確かに更に難しいだろうなと思う。ただでさえ、次期CEOには現COOのジェフが本命視される中で、デザインやら製品の会社というよりはオペレーションやら契約の会社であるという実態が更に強まるとすれば、それってどうなのかなあというところ。ジョナサン・アイヴは外に出てしまったわけで後継者レースからは外れている。アップルが大切にしてきたデザインの会社である、というイメージからは遠かった感はある。

 近年ではあまりにAppleが自然にやりすぎるから色へのこだわりやら素材へのこだわりもそこまでウケてるのかわからない。こうした製品へのアプローチはワールドスタンダードになっていてアップルが取り入れたらその後はどこのスマホメーカーも追随するようになっている。

 例えば、アルミの切削による筐体など本来であれば普通の会社には出来なかったことも黄色い服の会社(Funuc)の装置がEMSに死ぬほど導入されてたりするから他社でも実現可能になったりする。イノベーションを起こしても、それがイノベーションである時間は加速度的に短くなっている。これはAppleがEMSを活用しまくった結果とも言える。FoxconnやLuxshareあたりは利益もあまり無いが、どんどん様々な事業を取り込み、難しい技術にも挑戦出来るようになってきている。

 有機ELディスプレイで言えばデザイン要素や技術要素ではどうしても三星の後追いになってしまうし三星も意識的に自社のフラッグシップとiPhoneとのリードを保っている様子はある。

 アップルにも設計やらデザインやらでノウハウはあるがものづくりという意味では知識はあるが競合もいずれは活用してしまうのでリードを保ちづらい。

 実際にはBiz面では一定のリードを保ち続けているのが驚異的ではある。

栄枯盛衰の激しいモバイル機器の世界でこの流れ(1年に1回製品をUpdate、2年に1回Major Update)を作り上げたAppleはすごいと思うし、その「Apple Time」を作り上げたのは間違いなくTim Cookなのだろう。

 面白いなあと思うのはデザインに賛否両論ありながらAirPodsApple Watchもきちんと最大シェアを確保しているところだろうか。この二つの製品はきちんと橋頭堡を確保してiPhone事業の延命に見事に貢献してると思う。これだけでも、ティム・クックは稀有な経営者だと言えるのではないかと思う。